重なり合わない世界
少数派である○○、そして○○以外、そういう考えにはまってしまってはいないでしょうか? 私はかなりこういう考えに染まっている気がします。
例えば性的少数者と、シスヘテロですとか、非定型発達と定型発達、世界はそれぞれ別れていて、合わせるのに努力しないといけなくて、大抵人数が少ない方が合わせて、辛い思いをしています。
でも世界には色々な少数派と呼ばれている人がいます。そこで少数派同士が文化の違いによって対立した場合、解決するのはマジョリティとの対立よりも難しいかもしれません。
最近手話について考えることが多くなったので、この本を図書館で借りて読んでみました。ここではろう者と聴者で分けられていましたが、実際はもっと多様なコミュニケーションの方法があるんじゃないかって思います。
私は会話が苦手です。普通に話すときでさえ頭が真っ白になって、結果的に思いついた順に話してしまい、内容がぐちゃぐちゃになることが、希にあります。それと表情を動かすこと、話しながら手を動かしたり体を動かすことも苦手です。メモ取りはかろうじて練習したからできるんですが、自分で顔の表情を意識的に動かすことはできていないです・・・・・・。それにオーバーリアクションみたいな感じで首を振ってしまうことがあるんですが、これはどれだけ首を振れば良いのか分からず、適当にしてるからです。
それじゃあ手話は難しいかもしれません。手話だと顔の表情とかも大事ですし、何よりも言葉を手で表現します。それができないから難しいです。それ以前にコミュニケーションが苦手だから、どうにもできないですね!
では本当はないと思うのです。どこかに全てが上手くいく方法があるはずなのですが、それは○○、○○以外、の二つだけの視点で見ると分かりづらいです。そこで二つだけじゃなくて、色々な視点で見れば、もっと色々な人は生きやすくなるのはずなのです!
今週の出費は3,465円でした。これくらいの低出費を目指して、頑張りたいです。お財布の中はそんなに暖かくないので。
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